選挙
2007年に公開された想田和弘監督のドキュメンタリーフィルム。復活公開です。そもそもニューヨークに住む想田監督が別の撮影で日本に行く直前、大学時代のクラスメート山内和彦さんが立候補することを知り、急遽「選挙」を題材にすることにしたという、ありえないような取っ掛かり。従って、監督・撮影・録音・編集の全てを監督1人で賄い、制作費も全て自己負担だとのこと。何から何まで異色ずくめの作品です。
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本音と建前のハーモニー
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これは面白い!何が面白いって、選挙の表裏がここまで観られる映像なんてなかなかないです。選挙の表裏は即ち人間の本音と建前であって、それは日本社会の縮図のよう。そしてそれは政治家本人よりむしろ周囲を取り巻く人間の方がより強烈だったりします。本作は完全ドキュメンタリーフィルムで、ナレーションすら一切ありません。他のドキュメンタリーフィルムでよくあるイメージ映像も全く無く、本当に想田監督自らが撮影してきた映像そのものを見せてくれます。出てくる大物政治家、小泉元首相やら川口順子元外相やら石原伸晃元国交相ら本人の映像は、このフィルムが本物であることを証明しているかのようでした。


“山さん”こと山内和彦さんは川崎市議会議員補欠選挙に自民党公認で立候補します。本作は彼の選挙戦の一部始終を記録したもの。一般人の私たちには普段見られなかったり、推測したりするしかない選挙の裏側、面白い点はいくつもありましたが、まず感じたのは政治家のヒエラルキーでした。市議より県議、県議より国会議員そして閣僚と、山内さん自らが「政治の世界は体育会系」と言っていますがまさにそんな感じ。上のクラスに行けば行くほど知名度も支援者も増えて大きくなっていくため、最下層の市議候補としては、彼らの応援がとてつもなく大きいんですね。従って絶対服従、というか逆らいようが無いというか。「ああ、しがらみってこうして出来ていくんだな。」と妙に実感しました。(笑)


この時の補欠選挙は、争われる議席によって自民党が市議会与党の座を失うかもしれない選挙でした。地盤を持たない山内さんは他の市議の後援会、県議会議員、山際大志郎代議士といった地元選出の議員の応援をベースに選挙戦を戦っていきますが、そこに自民党から石原伸晃、川口順子、橋本聖子、萩原健司といった大物議員、そして極めつけは小泉純一郎総理大臣までもが応援に駆けつけるのでした。一つの組織が本気になって動くとここまでのことが出来るというのは驚異的です。選挙スタッフ幹部の「公認を受けるというのは党のこうした組織をフルに活用できるということで、こうして当選してきているのに造反なんていうのはとんでもないことなんだ。」という言葉にリアルに納得できます。


電柱にも頭を下げる地元回り、支援者への挨拶回り、街頭演説…。意地悪な見方をすると、実はどこでも建前でしか話しをしていません。しかし聞いている方、挨拶をされるほうもそれは解っているという予定調和の旋律。しかしその旋律を乱すノイズは絶対に起こしてはいけないんですね。印象的なのが、奥さんが山内さんに怒りをぶつけるシーン。選挙スタッフに当選したら仕事を辞める様に言われた奥さんは、「私にだって人権がある!」と本気で腹を立て、そのスタッフに文句を言うと怒ります。私も「なんだよそれ?」と思いました。しかし山内さんの反応は違います。「何にも怒ることないじゃない。“ええそうですね。”って言っておけばいいんだよ。約束する訳じゃないし。」こういう人でないと政治家は出来ないんですね。確かに“約束する訳じゃない”ですから。


同時に、言いたいことは相手が誰であってもハッキリ主張すればいい、そう思ってしまう私は政治家には向いていないことが良く解りました。(笑)ところで、山内さんのように何も持たない候補者を観ていると、今話題の世襲議員がいかに恵まれているのかが良く解ります。この時の選挙はたまたま全員が彼を応援しましたが、次回からはそうはいきません。彼は自分で地盤を築き、看板を大きくし、カバン(政治資金)を稼がなくてはならないんです。そう考えると、本作はまさに政治とは何ぞやという疑問に対する答えが凝縮されている作品でした。結局、山内和彦さんは次の選挙には立候補せず、今はもう政治家を辞めているそうですが、彼が今この作品を観て何を思うのかが是非聞いてみたいです。
個人的おススメ度4.0
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