無防備
釜山国際映画祭グランプリ、第30回PFFグランプリ受賞作品。監督はこれが長編2作目となる市井昌秀。実際に監督の妻の出産シーンを無修正で登場させたことでも注目された。主演は監督の1作目『隼』にも出演している木下律子。共演は監督の妻でもある今野早苗。ヒロイン律子の微妙な感情の移り変わりを丁寧に描き出した作品だ。クライマックスの出産シーンは神々しさすら感じさせる。
>>公式サイト
生命誕生の真実は全てを越える
あらすじへ
←みなさんの応援クリックに感謝デス

素晴らしい作品でした。クライマックスの出産シーンが実際に監督の奥さんでもある今野早苗さんの出産シーンをそのまま映し出したものだと言うことは知っていたけれど、新しい生命の誕生には無条件で感動し涙が零れ落ちました。子供を産むという行為は神が女性にのみ与えた崇高な役割であり、それには多大な喜びと多大な苦しみがともないます。こればかりは永久に男には理解できない喜びと苦しみであり、それ故に男はそこに神を観るのかもしれません。観終わってまず思ったのは、今野早苗さんに対する感謝と尊敬の念でした。


とはいえ物語の主人公は奥様ではなく森谷文子(木下律子)という30代の女性。個性的ではあるけれど、お世辞にも美人とは言いがたい女性です。彼女はあるトラウマを抱えながらプラスチック工場のパートとして働いていました。そこに臨時のパートとして入ってきたのが妊婦の山田千夏(今野早苗)。皮肉なのは律子のトラウマというのが交通事故による流産だったこと、そしてそれが原因で今では夫との間も冷え切り、家庭内別居状態だったことです。一方の千夏は優しい夫ともう直ぐ生まれ来る息子に想いを馳せる朗らかで明るい女性でした。


この悪意無き妊婦との交流によって起こる、心に傷をもつ律子の心境の変化、それも微妙な心情の描き方が抜群に上手いのです。千夏と出会ってから彼女を襲う様々な感情、それは戸惑い、苛立ち、共感、希望、絶望、嫉妬、殺意…。律子は千夏との出会いと淡い友情の中から、もう一度子供を生みたいと決意するも、夫にはすげなく拒絶されます。絶望の縁に立った彼女に芽生えたのは、自分にない幸せを全て持っている千夏に対する嫉妬であり、それはやがて殺意へと昇華していきます。何も持たざる者であった律子の前で、千夏はあまりにも無邪気であり無防備でした。


しかし、そんな律子の鬱屈とした感情全てを超え、喜びを与えるのが出産であり、それはたとえ我が子でなくとも同じだったのです。何と素晴らしいことか。田んぼの真ん中で産気づいた千夏を病院に運ぶために、泥だらけになりながら助けを呼び、自らのトラウマを抑え込んで車の運転をする律子。人間の感情は顔にでるものです。負の感情を抱いている時の醜かった彼女の顔とは打って変わり、この時、正の感情を抱いていた彼女の顔は、例え泥だらけでも美しかったし、泣き笑いの顔はチャーミングでした。


実際の出産シーン、生命の真実が持つ力の前では細かい演出は不要でしょう。圧倒的な感動と説得力でした。監督はこのシーンの撮影に20時間をかけたといいます。完璧に段取りを組んだそうですが、それにしても出産直後の表情を見せる今井早苗さんのプロ意識にはただただ頭が下がります。ただしこのシーンがある故にこの作品はR18+指定。何と無意味なことをするのか…。映倫は刺激的過ぎる故にここまでが限界らしいけれど。刺激的ならそれでも良いじゃないですか、みんなこうして母親に産んでもらったんですから。
個人的おススメ度4.0
今日の一言:また思わぬ良作に巡り合えたなぁ♪
| 固定リンク
最近のコメント