ペルシャ猫を誰も知らない
カンヌ国際映画祭でカメラドール(新人監督賞)を獲得したイランのクルド人監督バフマン・ゴバディが、テヘランを舞台にとあるミュージシャンカップルを中心に描いた青春音楽ドラマだ。その殆どが実在するミュージシャンたちの音楽シーンを撮影するために、監督は当局に無断でゲリラ撮影を敢行したという。楽曲に併せて流れるテヘランの現実は、あまりにもリアルで、既視感のカケラもない。>>公式サイト
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良い意味で意外な面と悪い意味で意外な面、イスラム原理主義国家イランとしての二面性が良く見えた作品だ。丁度2ヶ月前、『Short Short Film Festival'2010』 でイラン人のバウマン監督は、本作のゴバディ監督同様に無許可のゲリラ撮影をして逮捕され、その逮捕された経験を『撮影禁止!/No Photography』という作品に描いた。この時にも、イランにおいては表現の自由が著しく制限されているということを感じたものだが、それは映画だけでなく音楽でも同様だ。本作の主人公ネガル(ネガル・シャガギ)とアシュカン(アシュカン・クーシャンネジャード)の2人は本物のミュージシャンで、彼らは実際に無許可ライブを行い当局に逮捕された経験がある。自由な表現を追い求め、イランを離れる決意をした彼らがゴバディ監督と出会い、本作が生まれたのは正に天の配剤というべきだろう。
物語は2人が経験したままに、彼らが逮捕され釈放されたところから始まる。祖国での音楽活動に限界を感じた2人は、海外で音楽活動をするために偽造パスポートや偽造ビザを手配しようと試みるのだが、そこで便利屋ナデル(ハメッド・ベーダード)と知り合い、出国のための手配を任せるのだった。ナデルは、それらの費用捻出のために国内で2人のアルバム制作やライブを実現させようとあの手この手を試みる。逮捕されたお陰で2人きりとなってしまったバンドメンバーを集める手伝いをするに到っては殆ど彼ら2人のマネージャー状態だ。本作はそんな3人を丹念に追いかけて描いていくのだが、何しろ登場するミュージシャンやテヘランの都会や下町の風景は現実そのもので、言ってみれば脚本があるドキュメンタリーといえる。
良い意味で意外だったのは、テヘランが思ったよりも近代的な都市であり、アンダーグラウンドとはいえ、我々の社会と同じく様々なミュージシャンたちが存在することを知ることが出来たことだ。いわゆるロックだけでなくヘビメタやラップまであり、個人的にはペルシャ語のラップなどは白眉だと思う。少なくとも音楽に関しては彼らと同じ価値観を共有できるのではないだろうか。劇中で出会うこれらのバンドたちは必ずその場その場でパフォーマンスを見せてくれる。それに合わせたゴバディ監督のまさにミュージックビデオ調の編集は、その映像センスもさることながら、大都市テヘランの光と陰、即ち貧富の差をも明確に映し出していた。しかも、そもそもこれらの映像はゲリラ撮影された光景だけに、そこにフィクションはなく紛れもなくテヘランの現実なのだ。
それでは悪い面で意外だったのはというと、想像よりもずっと当局の縛りがキツイということだ。表現の自由が制限されるとは解っていたが、CDの制作やライブに許可が必要だったり、果てはバックコーラスが女性3人だと許可が下りないなどという事態はちょっと思いもよらなかった。いかにもイスラム原理主義国家らしい女性蔑視の思想ではあるが…。余談だが劇中に犬を車に乗せていて警察に止められるシーンがある。何とテヘランでは犬も猫も外に連れ出すことは禁止なのだそうだ。タイトルに在るとおり「ペルシャ猫」といえばイランにルーツをもつと言うのが一般的な説にも関わらずそんな差別を受けるとは猫の側もいい迷惑だろう。しかし、実はこの差別はある意味正しい。何故ならこの作品で言うところの「ペルシャ猫」は同様に差別を受ける若きミュージシャンたちを指すからだ。
物語では残念ながら当局の手入れで偽造パスポートも偽造ビザも手に入らなくなってしまう。ライブの要請は却下されアルバムの制作も出来なくなり、責任を感じたナデルは若者たちがたむろするアパートで酒浸りに…。言うまでもなくイスラムでの飲酒はご法度だ。ナデルを捜しに来たアシュカンが彼を連れ帰ろうとするところに警察が踏み込んでくる。必死で逃げようとしたアシュカンは窓から飛び降り――。実際のネガルとアシュカンは撮影終了4時間後にイランを離れ、今はロンドンで音楽活動をしているという。同様にゴバディ監督もイランを離れた。この3人に共通するのは“自由”な創作活動をしたいということ、我々の社会では当たり前に認められているこの“自由”への渇望が作品を通してヒシヒシと伝わってくる。そして一見タフな市井の人々の心の内にも同じ想いは秘められているに違いない。
個人的おススメ度4.0 今日の一言:バンドメンバーの語る夢が微笑ましい 総合評価:77点
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『ペルシャ猫を誰も知らない』予告編
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» 『ペルシャ猫を誰も知らない』(2009)/イラン [NiceOne!!]
原題:NOONEKNOWSABOUTPERSIANCATS監督・脚本:バフマン・ゴバディ出演:ネガル・シャガギ、アシュカン・クーシャンネジャード、ハメッド・ベーダード鑑賞劇場 : ユーロスペース公式サイ... [続きを読む]
受信: 2010年8月15日 (日) 16時04分
» ペルシャ猫を誰も知らない [とりあえず、コメントです]
今年のカンヌ映画祭で話題になった青春群像劇です。 イランのテヘランを舞台にオリジナルのポップ・ミュージックを自由に演奏したいと願いながら ロンドンでの公演を夢みる若者たちの姿を、素晴らしい音楽と共に映し出していました。 ... [続きを読む]
受信: 2010年8月16日 (月) 08時25分
» ペルシャ猫を誰も知らない [小泉寝具 ☆ Cosmic Thing]
イラン
青春&ドラマ&音楽
監督:バフマン・ゴバディ
出演:ネガル・シャガギ
アシュカン・クーシャンネジャード
ハメッド・ベーダード
【物語】
ネガルとボーイフレンドのアシュカンは、テヘランでバンドを組んでいた。
だが、音...... [続きを読む]
受信: 2010年8月20日 (金) 11時59分
» 『ペルシャ猫を誰も知らない』 何が相克しているのか? [映画のブログ]
驚いたことに、イランでは犬も猫も外に連れ出すことはできないそうだ。家の中だけで可愛がらねばならない。
『ペルシャ猫を誰も知らない... [続きを読む]
受信: 2010年8月22日 (日) 15時00分
» 「ペルシャ猫を誰も知らない」 [RAY's Favorites]
先日、何気なくユーロスペースのサイトをチェックしていたら、上映中のイラン映画について、こんなキャッチコピーが書かれていました:
「い... [続きを読む]
受信: 2010年8月26日 (木) 01時31分
» 映画「ペルシャ猫を誰も知らない」 [Andre's Review]
Kasi Az Gorbehayeh Irani Khabar Nadareh ( no one knows about Persian cats ) イラン 2009 10年8月公開 劇場鑑賞 音楽を題材にした映画で気になるものはやはり劇場で、ということで渋谷にて鑑賞してきました。平日の昼間でしたが、中高年層を中心に一人客が多くて、意外にもなかなかの盛況ぶりでした。 イランでは、反イスラム的な音楽を演奏することが許されず、政府がミュージシャン達の活動を厳しく規制している。 そんな中、インデ... [続きを読む]
受信: 2010年8月26日 (木) 13時49分
» 『ペルシャ猫を誰も知らない』をユーロスペース2で観て、まあ、これも普通かななお男ふじき☆☆☆ [ふじき78の死屍累々映画日記]
五つ星評価で【☆☆☆普通】
イランではポップミュージックを演奏すると逮捕。
ぶ、文化が違いすぎる。
爪を切った途端に逮捕とか、
ご飯を残したら逮捕とか、
日常のこんなレベルの出来事で、
逮捕されてしまうのに近い感覚なので、
イメージがどうしても掴め....... [続きを読む]
受信: 2010年9月 7日 (火) 00時40分
» ペルシャ猫を誰も知らない [映画的・絵画的・音楽的]
予告編を見て興味をひかれたので、イラン映画『ペルシャ猫を誰も知らない』を見に渋谷のユーロスペースに行ってきました。
(1)映画は、ポップ・ミュージックが厳しく規制されているイランにおける若者たちの音楽活動を、ヴィヴィッドに描き出しています。
ネガルとそのボーイフレンドのアシュカンは、ともにインディー・ロックをやるミュージシャンですが、メンバーを集め出国してロンドンでライブ演奏する、という夢を持っています(イラン国内では到底無理なので)。
便利屋のナデルにそのことを相談すると、まず国内でCDを... [続きを読む]
受信: 2010年9月19日 (日) 05時39分
» 「ペルシャ猫を誰も知らない」 [みんなシネマいいのに!]
高校時代にかかるハシカみたいな青春病のバンド。 夜遅くまで練習したり、機材を買 [続きを読む]
受信: 2010年10月 3日 (日) 20時23分
» 『ペルシャ猫を誰も知らない』・・・ ※ネタバレ有 [〜青いそよ風が吹く街角〜]
2009年:イラン映画、バフマン・ゴバディ監督&脚本、ネガル・シャガギ、アシュカン・クーシャンネジャード、ハメッド・ベーダード出演。 [続きを読む]
受信: 2010年10月17日 (日) 10時22分
» 「ペルシャ猫を誰も知らない」 [【映画がはねたら、都バスに乗って】]
こんな映画、誰も知らない。
・・・って、切って捨てるには惜しい問題作。
音楽活動を厳しく規制されたイランのミュージシャンたちの物語。
それを抑圧された者の暗い視点から描くのではなく、それでも...... [続きを読む]
受信: 2010年11月16日 (火) 22時16分
» ペルシャ猫を誰も知らない [迷宮映画館]
さすが、ゴバディ監督!!生半可な力強さじゃない! [続きを読む]
受信: 2010年11月17日 (水) 07時57分
» ペルシャ猫を誰も知らない(2009)●NO ONE KNOWS ABOUT PERSIAN CATS [銅版画制作の日々]
トゥモロー〜♪明日はあるのかしら?
京都シネマにて鑑賞。
生き難い国ですね。つくづく日本の自由さを実感します。ましてや若い人... [続きを読む]
受信: 2010年11月24日 (水) 00時50分
» ペルシャ猫を誰も知らない / 81点 / NO ONE KNOWS ABOUT ... [ゆるーく映画好きなんす!]
音楽の力を感じ取れ!映画の力を感じ取れ!生きる力を感じ取れ!!!
『 ペルシャ猫を誰も知らない / 81点 / NO ONE KNOWS ABOUT PERSIAN CATS 』 2009年 イラン 106分
監督:
バフマン・ゴバディ
脚本:
バフマン・ゴバディ
ロクサナ・... [続きを読む]
受信: 2010年11月26日 (金) 12時25分
» 『ペルシャ猫を誰も知らない』 [シネマな時間に考察を。]
国家としての体裁と、人としての自由意志。
音楽という共通言語に国境がないのなら、
その自由な魂をパスポートに変えて。
『ペルシャ猫を誰も知らない』 KASI AZ GORBEHAYEH IRANI KHABAR NADAREH
2009年/イラン/106min
監督:バフマン・ゴバディ
出演:ネガル・... [続きを読む]
受信: 2011年1月13日 (木) 19時45分
» ペルシャ猫を誰も知らない/闇の列車、光の旅 [あーうぃ だにぇっと]
ギンレイホールの今回のラインナップは渋い。
舞台はイランとメキシコの日本では想像もつかない世界観の中でのお話。
先週のミレニアムは混んでいて通路に座って観ている人もいた。
今回はさすがにミレニアムほどの人気はなく、7,8割の入りだ。... [続きを読む]
受信: 2011年1月23日 (日) 21時07分
» mini review 11530「ペルシャ猫を誰も知らない」★★★★★★★★☆☆ [サーカスな日々]
『亀も空を飛ぶ』などのイランのクルド人監督、バフマン・ゴバディが初めて故郷クルドを離れ、大都市テヘランを舞台に描く青春音楽映画。ポップ音楽の規制の厳しいイランで、さまざまな苦労をしながら音楽活動に情熱を傾ける若者たちの日常をゲリラ撮影で切り取る。主演の...... [続きを読む]
受信: 2011年7月18日 (月) 02時46分
» 映画評「ペルシャ猫を誰も知らない」 [プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]]
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2009年イラン映画 監督バフマン・ゴバディ
ネタバレあり [続きを読む]
受信: 2012年5月29日 (火) 09時04分
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