ぐるりのこと。
『ハッシュ!』の橋口亮輔監督が送るオリジナル脚本のヒューマンドラマだ。とある夫婦が子供の死を乗り越えて再生していく10年間を描いている。主演にはこの作品で日本アカデミー賞主演女優賞を獲得した木村多江、共演に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』の原作であるリリー・フランキー。他にも倍賞美津子、寺島進、柄本明、寺田農といったベテランが脇を固めている。 |
人間なんてそんなに強くない |
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今年の「ぴあフィルムフェスティバル」の審査員で、先日「下北沢映画祭」でも審査員を務められ、実際にお会いした橋口監督の代表作。実は未見でしたので早速後追いながらも観ることに。結論から言うと、派手さは無いものの極普通の夫婦の10年を丁寧に丁寧に描写した作品で心に染みました。この作品で主演の木村多江は日本アカデミー賞の主演女優賞を獲得していますが、何で作品賞が?そうおもったら同じ年に『おくりびと』があったんですね。それにしても登場する俳優がこれほどまでに人間味溢れる人ばかりという作品も今時珍しいのではないでしょうか。夫・カナオ役のリリー・フランキーを筆頭に、倍賞美津子、木村祐一、温水洋一、光石研一、八嶋智人、寺島進、寺田農、斉藤洋介、柄本明……どうですこのそうそうたる味のある俳優陣。
ただし、あまりにも味がありすぎて作品そのものが地味傾向に引っ張られるのは仕方ないことでしょうね。(笑)冒頭、木村多江扮する翔子と会社の友達との会話から、何やら翔子の夫婦は毎週定期的にセックスをしているというような話に。一体どんな話なんだこの作品?と思いきや、一転して今度は靴の修理屋として女性にこなをかけているカナオが登場したり。彼が先輩と飲んで帰宅すると、翔子がぷんぷん怒っている。要は門限が10時だったこと、そしてその日は2人がセックスする日だったこと、そうした約束事をカナオが守ろうとしないことが気に入らないらしい。この序盤での翔子はすぐに「ちゃんとしなきゃ」と口にします。つまり彼女は知らず知らずのうちに自分を自分ルールでがんじがらめにしていました。カレンダー上、セックスする日につけた定期的な×印がその象徴です。
よく言えばきちっとしているということなんでしょう。しかしそんな彼女にとって、初めての子供の死は、“ちゃんと”子供を育てられなかったという意味では周りの人間が考える以上に重いことだったのでした。そこに仕事上の問題も重なり、次第に色々なことが“ちゃんと”出来ない悪循環に陥っていきます。一方のカナオ。翔子のその“ちゃんと”が嫌で仕方ない彼は先輩の紹介で法廷画家の仕事をすることに。毎日被告人を描きながら、そして涙にくれる被害者家族をみるにつけ彼の中で何かが変わって行きます。はっきり言って翔子は完全にうつ病。やけにリアルだと思ったら橋口監督自身がうつ病になった経験があるのだとか。もしかしたら翔子は橋口監督そのものなのかもしれません。自分からは絶対に逃げられない、その苦しみを木村多江の演技が的確に表現しています。
それがよりハッキリしたのは、後半で彼女がカナオの前で自分をさらけ出し病を克服した時。数年間にわたる心の澱を一気に吐き出す彼女、それまでの彼女の中に想いが徐々に溜まっていく様子は観ている側にもはっきり解るもので、まさにこのシーンは翔子だけでなく観客の心をもカタルシスへ誘うのでした。同じ人間とは思えないほどの表情の晴れやかさ、何より目の輝きの違いは、これを彼女が演技として出来ることに驚きを禁じ得ません。実は彼女がそうなれたのもカナオが変わってきたから。元々彼は彼女を優しく見守って来ていましたが、しかしそれは単純に彼女を愛しているからという理由だけだったように思うのです。人間として彼女の気持ちを本当に理解していたかというと疑問を感じざるを得ません。実際、再三にわたって「どうしたの?」「大丈夫?」と声をかけます。
要は表面的に見える翔子の体調の悪さのみを心配していたのでした。何故解らなかったのか。彼も自分では“ちゃんと”しなくてはいけないと思っている人間だったからでしょう。ただ人に“ちゃんと”するよう強制されることは嫌だっただけで。それはある被告人の父親が自殺した事に対して「逃げてるだけやないですか、周りはいい迷惑や。」と言い放ったところに表れています。しかし物語は彼もまたこの数年で変わっていく様子を描いていました。人間なんかそんなに強いもんじゃない、いつも“ちゃんと”することなんか出来ないのだということを、彼が目にする様々な人々から感じ取って行くのです。それにしてもその舞台を法廷にするというところが秀逸。人間の本質がむき出しになる場所だから…。つまり彼は「辛かったら、苦しかったら逃げちゃえよ。」そう気付くのです。
リリー・フランキーはあまり喜怒哀楽が表情に出ないだけに、心情の変化が解り難いのですが、しかし実は人間なんてそんなものである日突然変われるわけなんかありません。10年という長い歳月の中で経験した様々な事柄が人を変えていく、言うなれば年を重ねていくということがこういうことなのかと思える芝居でした。この懐の広さは彼が意識して演じると言うより、人間として持つ才能じゃないかと思ったりもします。いずれにしろ既婚者としては、この夫婦のように気負わず生きていきたいと思わずにいられません。カレンダー上の×印は不定期になり、温かい心の平穏に包まれたラスト、それは今の世の中で多くの人が忘れている気持ちのように思えてなりませんでした。
個人的おススメ度4.0
今日の一言:それにしても脇役がいいよねぇ…
総合評価:76点
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『ぐるりのこと。』予告編
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