遠くの空
役者の芝居から心を受け取った |
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鑑賞後に知ったのだけれど、本作は「映像と音楽の新たなカタチを創造する“cinemusica”シリーズの第8弾。」だそうだ。“cinemusica”といえば過去に一本だけ『つむじ風食堂の夜』を観た事があるけれど、そもそも主題歌や挿入歌に著名アーティストの楽曲が使われているということらしい。ただ今回は正直言ってそこまで音楽が良かったとも思えなかったのだけれど。主演の内山理名が今回演じるのはいわゆる在日三世。母親が帰化しているので当然ながら彼女は元から日本名の日本人で松木美江という名前です。で、実は本作はこれが大きなポイント。彼女は祖母の祖国である韓国で働きたいと希望するのだけれど、母も祖母もどうもそれが気に入らないらしい。本作はそこに隠された秘密を解き明かすのだけれど、実はちょっと勘の良い人なら答えはすぐ見えてしまいます。


ただ、問題はどうしてそういう結末になってしまったかという部分。ここに韓国近代史を絡ませた哀しい出来事を描いていたのでした。それにしても内山理名。もう今年29歳なんですね。一時期盛んにアイドル的扱いでドラマに出まくっていた頃に比べると実にイイ女になりました。時々ドキッとするほど可愛らしい笑顔はそのままに、今回の道ならぬ恋をする女性の気持ちを上手く表現していたと思います。彼女が勤める投資顧問会社に韓国からやってきたのが柳正培(ユウ・ジョンベ:キム・ウンス)。親子ほどに歳が離れている二人ですが、あった瞬間から美江はユウに何か心惹かれるものを感じるのでした。このユウ役のキム・ウンスは『カフェ・ソウル』や『パッチギ! LOVE&PEACE』などその堪能な日本語を活かして活躍する地味だけど実に味のある俳優です。


美江の誘いで“散歩”と称してデートを重ねる2人。ユウが別れ際に美江の頭に手を置くき、それに無邪気に喜ぶ美江の笑顔。ここで私はもしやと思ったのですが、確信に到ったのはこの後でした。2人は“散歩”の中でお互いを深く知っていくのですが、ユウが自分の身の上を日本語で話す芝居の重厚さときたら、やはり上手い役者は日本語だろうと韓国語だろうと上手いのだと感心させらっれたのでした。そして彼の身の上話のシークエンスこそ、この物語の肝となるシークエンスです。語られるのは今から30年前、1980年にに起こった光州民主化運動について。ユウはこの学生運動のリーダーだったのです。実際に当時の韓国のモノクロ映像や写真で写真で綴られる映像には、それこそ天安門事件や『ビルマVJ』で観たものと同じで、本来守られるべき民衆に軍の銃火の矛先が向けられる様子がハッキリ映し出されていました。


1980年当時といえば、私でもすっかり物心ついていた時代の事だけに、これは映画の中の事では済まないリアリティを感じます。ユウは当時、一人の在日韓国人留学生と知り合い恋に落ちますがある日彼女は忽然と姿を消すのでした。私だけでなく殆どの人はここで美江とユウの関係を確信するはず。そう、ユウは美江の父親でした。私たちだけでなく、途中からは美江自信もこの事実に気がつき、もうユウとは会わないようにするのですが、今度はユウの方が美江の事を愛してしまっていたのでした。この運命の悪戯は残酷なれども、正直2人が旅行に行くシークエンスでは、禁断の愛に進んでしまわないかとちょっと心配に。要はユウは美江の中に、自分の愛した女性、即ち美江の母を観ていたのですね。後はどこで実際に母と再会させるのか、再会して何を話すのかが興味の焦点となります。


さて、こうやって書くと、モロにネタバレで、ドラマの流れとしてもそんなに単純で良いのかと思われるかもしれません。しかし本作の本当の見所は、2人の間の関係性やドラマの筋道ではなく、日本語と韓国語が入り混じった状態で交わされる会話劇そのものなのです。だからこそ美江とユウはいわゆる遊びに行くようなデートをするのではなく、散歩をしたり食事をしたりしながら様々なことを話すことに終始する訳です。その時々の話の話し手、それは美江でありユウであり、そして母の明子(黒田福美)であり、彼らは話をするときの心の内をキッチリと表現して伝えてくれる、その心を受け止める作品だと思うのです。明子が姿を消す時、置いて行った太宰治の「斜陽」に込められたメッセージ、日本語の文庫本の内容は当時のユウには解らなかったのでしょう。


残念ながら明子のメッセージは伝わらなかった。けれどもこの演出には感動させられました。と同時に、キチンと離して自分の心を伝える重要さ、そこに国の違いはないのではないかとも感じました。決して派手さはないけれど、あの戦争を超えてなお日本と韓国を結ぶ縁を感じさせられた作品です。
個人的おススメ度3.5
今日の一言:日本勢の韓国語ってどうなんだろ?
総合評価:73点
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