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2010年11月11日 (木)

玄牝 -げんぴん-

Photo_2 『殯の森』の河瀬直美監督がお産をテーマに送るドキュメンターリー。愛知県岡崎市にある産婦人科「吉村医院」とそこに集う妊婦たちに密着している。出演するのは昔ながらの自然な出産を推進する吉村正院長と病院の助産婦さん、そして多くの妊婦たち。カメラは彼女たちの生活だけでなく、個々人のもつその背景までをも映し出している。賛否両論間違いなしの問題作だ。
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純粋なドキュメンタリーに徹した佳作

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最初に書いてしまうが、私は吉村医院のやり方に100%賛成することは到底出来ません。それは一重が吉村正院長が、現代医学の介入により助けられる母子の命が死ぬことを肯定しているから。この作品はともすれば一面的な見方のみ、いってみれば吉村医院の宣伝ビデオになってしまう危険性をはらんでいながらも、河瀬監督の実に中立な目線によって私たちに純粋な問題提起をしてくれています。それはカメラが映し出したありのままの現実、ありのままの言葉をそのまま伝えるというドキュメンタリーの原理原則に従ったものだからでしょう。そこには吉村院長の哲学があり、妊婦たちの喜びや悲しみの声があり、助産婦さんたちの主張がありました。吉村院長はあくまで自然に産ませる、妊婦がいかに昔ながらの健康な状態でお産を迎えられるかというこに重きを置いています。従って当然ながら帝王切開などは一切しません。

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ただし、誤解してはいけないのは、現代医学の介入を完全に排除している訳ではない点。実際に超音波で胎児の診察をする様子も映し出され、医院そのものの見た目は特に普通の産科医と異なっているわけではありません。医院が開催する母親学級でとある女性は涙ながらに訴えます。「知らないうちに陣痛促進剤を打たれて、分娩台に乗った瞬間に吸引されて、お腹を押されて……だがら、生まれた瞬間、自分が大事で、子どもを可愛いと思えなかったんです」(公式サイトより)と。私は女性ではないですから、そうされることで子供を愛せないという母親の、女性の気持ちは理解できません。もちろん、出来ることなら自然な状態で分娩し、院長曰くの“スルッと”産まれてくるのが望ましいのは当たり前ですね。しかし、陣痛促進剤を打たれて吸引されてお腹を押されて産まれて来た子供は親に愛されないのか。むしろこの人がレアケースであるように思えます。

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つまりそれは個人の問題であって、全てを産婦人科医療のせいにするには無理があるのではないか。若干の疑問を覚えつつもスクリーンに最初の出産シーンが映し出されると、そんな思いは吹き飛び、やはり自然に涙が出てきてしまいました。一個の命がこの世界に生まれ出るこの光景は何度見ても神秘的で、女性だけが神から授かった奇跡の力だとつくずく思わされます。年端も行かない男の子が、お母さんの出産に立会い、そしてその姿に泣いていました。5,6歳の年齢でもその荘厳な出産風景に感動していたのです。彼はきっと人の尊厳を、命の重さを知る素晴らしい人間に育つでしょう。映像は続きます。最初にも書いたとおり、吉村院長は出産における死を肯定しています。その死は受け入れるべきであり、その死があるから生の尊さもあるのだと。全ては神が決めることだと語ります。でもやはり私には納得できません。

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死を受け入れることと、助けられる命を敢えて救わないことは別問題なはず。古来よりお産に際して失われてきた数多の命、基本的にそれらとて生きられるものなら生きたいと願っていたはずです。神の手に委ねるということと、何もしないことは違います。院長の言葉をそのまま受け取ると、現代産科医療の介入で産まれて来た生命は本来生まれて来てはならなかったのだと聞こえるのです。院長の哲学を無条件で受け入れる信奉者はそれで良いかもしれません。しかしカメラは必ずしも彼の考え方が正しい訳ではないことを映し出していました。吉村医院を転院した一人の女性はギリギリまで自然分娩を希望しましたが、結局は帝王切開で産むことに。彼女は「江戸時代なら自分か子供のどちらかが死んでいたと思う。今の世に生まれた私たちは両方生きている。」と心から生の喜びをかみ締め、産まれたばかりの赤ん坊にこの上ない慈愛の表情で見つめていました。

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この母子は吉村院長から言わせたら異常なのでしょうか。どちらかが死んでいなければ彼は納得しないのでしょうか。そして、彼女は別に特別な存在でも何でもありません。今の世の中で幾らでもいる母子に過ぎないのです。もちろん、吉村院長の言う現代の産科医療は本当の意味で妊婦のためのものではないであるとか、周産期医療に問題があるのはその通りだと思います。しかし自分でも科学うぃ全否定はしないと言っているではないですか。淡々と進む映像は私の疑問に対して明確な答えを提示してくれません。時折混じる恐らく河瀬監督の質問の声も、彼女自身がどうこうではなく、あくまでもインタビュアーとしてのもの。中立な目線で純粋な問題提起をしていると書きましたが、女性である河瀬監督自身は、吉村院長の考え方に対してどう感じたのでしょうか。そこを知りたいような気もします。

個人的おススメ度4.0
今日の一言:多くの男性にこそ観て欲しい…
総合評価:77点

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『玄牝 -げんぴん-』予告編

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