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2010年12月21日 (火)

君を想って海をゆく/Welcome

Photo イギリスにいる恋人に会うためにイラクから4000キロを歩いてフランスにたどり着き、更にドーバー海峡を泳いで渡ろうとするクルド人難民の青年と、偶然に彼をコーチすることになった中年男の交流を描いたヒューマンドラマ。主演は『すべて彼女のために』のヴァンサン・ランドン、共演に新人フィラ・エヴェルディが出演している。フィリップ・リオレ監督が難民政策に鋭く切り込んだ問題作だ。
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日本ならどうするか、そこが問題だ

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移民・難民問題は非常にデリケートで難しい。そもそも日本のように移民の受け入れ自体が極僅かで、それもどんなルールなのかすら一般人には全くわからない様な国に住んでいる身としては、たとえフランスがどのように厳しい移民政策を取っていたとしても、基本的にはそれに対して何かを言える立場にはないように思う。早い話がフランスから言えば「それでもお前らよりは遥かに受け入れてるよ。」というわけ。しかし一方で日本もドンドン人口は減少していることを考えると、将来的には本格的な移民の受け入れをするという選択肢も考えなくてはいけない時期に来ている。なればこそ私たちは、折角フィリップ・リオレ監督が提示してくれた移民問題の現実をしっかり観て、自分たちがもしそうすることになった時のための糧としなくてはいけないのかなと思うのです。

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この物語に登場するのはイラクのクルド人難民・ビラル(フィラ・エヴェルディ)。イギリスに移住してしまった恋人のミナ(デリヤ・エヴェルディ)に会うために、イラクからフランス最北端カレまで陸路4000キロを歩いてやって来たのでした。しかし目の前に横たわるのはドーバー海峡。最初はトラックでの密入国を試みるも見つかって失敗。そこで彼は泳いでイギリスに渡ろうと考えます。しかし満足に泳げないビラルは、プールでクロールを学ぶことに。そこで出会ったのがコーチのシモン(ヴァンサン・ランドン)でした。物語では2人が交流を重ねるうちに、最初は難民に対して懐疑的だったシモンの心境がいつしか変化し、やがてビラルを「私の息子だ」とまで言うようになっていく姿が描かれています。

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それにしても、初めて見聞きするフランスの難民対策は、これが今までアメリカ映画で観てきた不法移民対策より更に厳しいように見えました。住む所もない難民たちにボランティアが食事を配る様子は、それこそ日本でも良く観られる光景ですが、フランスではそれは犯罪行為にあたるのです。密入国は犯罪、犯罪者を支援するのも犯罪という至極正論ではあるものの、自国民にもここまで厳しいという事に驚きを禁じえません。シモンは今でこそ冴えない水泳のコーチですが、元々大会で金メダルを獲るほどの選手でした。特に生活に困っている訳でもない彼が何故犯罪者になる危険を冒してまでビラルを助けようと思ったのか。それには彼の別居中の妻マリオン(オドレイ・ダナ)の存在が大きかったように見えます。実は彼女は教師の傍ら、難民に対するボランティアをしていたのでした。

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物語の最初のほうで、シモンがマリオンとスーパーでばったり鉢合わせするシーン。そこでは難民を追い出そうとする店員にクレームをつけるマリオンとそれを黙ってみているシモンという図がありました。「黙って見てるのね!」と怒るマリオン。そんな事件があった後に、泳ぎを習いに来たビラルと出会ったのです。彼を助けるシモンの心中には、「俺だって黙ってみてるだけじゃない。」という対抗心や、「これで俺を少しは見直してくれるだろう」といった気持ちがあったのではないか、彼の態度の端々にはそんな様子が見え隠れしました。まあきっかけは多少不純であっても、結果として彼を助けたことは間違いない訳ですが、即ちそれは警察から見ても全く同じこととなります。シモンは隣人の通報によって警察に連行されてしまうのでした。

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警察が部屋に立ち入る時に隣人の家のドアの前に敷かれている玄関マットがアップになりますが、そこに書かれていたのが本作の原題である「WELCOME」。直接的には警察官に対する歓迎とシモンに対する嫌味でしょうが、これはビラルたち難民に対する痛烈な皮肉なのは言うまでもありません。一方ビラルの最初の挑戦は、途中で漁船に救われる形で頓挫します。捕まった彼の手の甲にマジックで書き込まれた812の数字にアウシュビッツを思い起こさせられました…。本来ならここで無茶は止めてもう一度何か方策を考えたい所でしたが、そうはさせない出来事が起こるのでした。それは恋人ミナに結婚話が持ち上がったこと。クルド人家族では父親の言うことは絶対だそうで、彼女は商売的に成功している従兄弟との結婚、簡単に言えば家族のための政略結婚をするように命じられるのです。

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ミナの「もう来ないで」という悲痛な叫びは、ビラルをドーバー海峡へ再び向かわせてしまうのでした。別に政治的何かがあるわけでもなく、ただ単に若者らしく愛した女性に会いたい一心でここまで来ただけなのに…。残念ながらビラルは渡り切るまであと一息のところで、沿岸警備隊に追われて逃げ惑い力尽きます。そして、その事実をミナに報せにイギリスに渡ったシモンを前に、彼女は泣きながらも彼の差し出したビラルの指輪(元はシモンがあげたものだけれど。)を受け取りません。結局命を落としたビラル、父親の命令を受け入れるミナと余りにも不条理な結末です。鑑賞後に思い出しましたが、脱北者を描いた『クロッシング』でキム・テギュン監督は4年に渡る綿密な取材を元に作品を作り上げました。

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本作も同様にフィリップ・リオレ監督の綿密な取材を元に描かれたことを考えれば、ビラルたちの物語は事実ではないけれど真実ではあるのでしょう。フランスの移民政策は、現在では国連の差別撤廃委員会でも問題になっているほど。作品としては当然サルコジ大統領への批判が含められているのだと思いますが、最初にも書いた通り、だからといって日本に、日本人にそれを言う資格は今の所ないと思っています。それよりも十分な議論も尽くされないまま、1000万人の移民を受け入れるなどという構想を実現しようとすることの方が危険極まりない。先人の苦労やミスに学んで何が日本にとってよりベターなのかを考えるきっかけとなる作品にすべきだと思います。

個人的おススメ度4.0
今日の一言:邦題はある意味そのまんま…
総合評価:74点

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» 君を想って海をゆく(DVD) [パピ子と一緒にケ・セ・ラ・セラ]
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