ナンネル・モーツァルト 哀しみの旅路/Nannerl, la soeur de Mozart
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| 2人のモーツァルトになっていたかも |
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ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトを扱った作品はこれまでも多々ありましたが、今回は3つ年上の姉マリア・アンナ・モーツァルト通称ナンネルを描いた作品です。「一般的にモーツァルトといえばヴォルフガングの事だけど、今回はそれだと家族全員モーツァルトだな…」なんてバカなことを考えながらも、天才の姉が一体どういう人物なのかはとても興味深かったりするのでした。主人公ナンネルを演じるのはルネ・フェレ監督の娘アリー・フェレ。1995年生まれの16歳です。劇中のナンネルは14歳ということでほぼ同じなのですが、スクリーンから受ける印象はもっとずっと年上に感じます。別に老け顔だという訳ではないのですが…。昔の沢口靖子に似ている色白な美人で、本作の為に1年間ヴァイオリンを習ったんだとか。

この時ヴォルフガング(ダヴィド・モロー)は既に神童と呼ばれ、11歳にしてヨーロッパ各地を演奏旅行でまわるほど。作曲もバリバリこなす彼の事を父レオポルト(マルク・バルベ)は溺愛していました。もちろん娘としてのナンネルに注ぐ愛情はレオポルトとて普通の親と変わりません。しかし、ナンネルは自分も弟と同じくその音楽の才能を認めて欲しかったのでした。…と書くといかにもレオポルトが酷い人間に聞こえるかもしれませんがそんなことはないですし、恐らくそれは何もレオポルトに限った話ではないのです。この時代のヨーロッパとしては当然でもある男尊女卑の考え方は音楽界にもあって、それは即ち「女性は作曲家にはなれない」というもの。頭の中には美しい音色が浮かんでくるものの、それを譜面に書き留める術を持たないナンネル。

即ち楽器がいくら上手かろうと、素晴らしい歌声を持っていようと、それと作曲するということは別の話だということです。レオポルトはその作曲法は女には難しすぎるとしか言いませんが、後々彼女は自ら努力して作曲法を勉強し、王太子に認められるまでの曲を書き上げるのですから、いかにその常識が根拠がないことなのかということが解りますね。ヴァイオリンを持つことすら禁じられたナンネルにある日転機が訪れるのでした。ひょんなことから国王ルイ15世の娘ルイーズ(リサ・フェレ)と友達になるのです。ちなみにこのリサも監督の娘で、劇中でも実際でもマリーの妹。しかし年齢は1歳しか違わないのですが、どう観てもそうは見えなかったり…。この時期の女の子の1年は大きいのかもしれないですが、あまりにリサが幼く見えてどうもギャップが気になりました。

彼女をきっかけにナンネルは王太子と知り合うことになります。初対面の女性には会わない王太子、従ってナンネルは男装した上でお目見えすることに。余談ですが、いくら当時の男性がカツラと化粧をするのが正装とはいえ、これで女性と見破れないのは無理すぎでしょう。仕方のないこととは言え、若干気持ちが引いてしまうのでした…。この後は先に書いたとおりナンネルの曲が認められるのですが、女性であることを告白しても王太子の彼女に対する評価が変わらないというのがミソ。父には認められなかった音楽の才能を、こともあろうに王太子に認められ、更に2人は恋に堕ちてゆくのでした。思えばこの時期が彼女の絶頂期。家族から離れパリで一人暮らしを始めたのも、全ては王太子との恋のためであり、思う存分作曲をするためです。

さて、ナンネルがフランス王国の王妃になったという記録はないわけですから、要するにそれは彼女が失恋したことを意味しています。この辺のくだりが音楽的な話から離れたエピソードになってしまうのと、具体的に何がどうなったのかが描かれていないため、推測するしかないのがちょっと残念。ある日、王太子の個室に男装で呼び込まれたナンネルは、額と唇にキスをするように命じられるも、突然怒りだした彼に追い出されてしまいます。何ともいきなりで呆気ない恋の終わりに釈然としないものは残るのですが、結局これは王太子のナンネルへの最後の愛情だったのではないか。王太子はどうやらそのナンネルに対する発言から、父王ルイ15世がやたらと愛人を囲っているのを嫌っていたことが解ります。自分にその父の血が流れていることを忌み嫌っていたようにすら思えました。

つまり、既婚者とはいえ王太子の命令であればナンネルを愛人として囲うことは可能であるけれど、それは父王と同じである証にほかならなく、かといって彼女の想いに答えることも出来ない。彼女を悩ませるくらいなら、そしてその類稀な音楽の才能を埋もれさせてしまうぐらいなら、自分と別れた方がよい、そういう彼なりの結論だったのではないかと思うのです。自ら書いた楽譜を全て焼き払い、二度と作曲をしなかったナンネルは時代の犠牲者と言えるかもしれません。ちなみに女性音楽家で思い出したのが『クララ・シューマン 愛の協奏曲』で描かれたクララ・シューマン。彼女はナンネルの晩年に生まれていました。同じ才能豊かな女性でも、国と時代の違いがもたらした悲劇、彼女の才能があのまま受け入れられたら、モーツァルトは2人を指す名前になっていたかもしれません。
個人的おススメ度
3.0
今日の一言:マリーは今後の作品に注目したいです
総合評価:69点
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