ゲンスブールと女たち
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こんなお父上だったのね、シャルロット |
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セルジュ・ゲンスブール(タイトルに合わせて“ス”で表記)、華麗な女性遍歴を持ち、エキセントリックな行動が有名ですが、私にとっての彼は大好きな女優シャルロット・ゲンズブールのお父さんということが大。しかしだからこそ彼女の父親がどんな人物だったのかと言う点に興味深々なのでした。本作でセルジュを演じるのはエリック・エルモスニーノ。ホンモノのセルジュのほうがもうちょっと色気があるように感じられましたが、それでも見た目はとても良く似ていて、完全になりきった芝居はお見事です。余談ですが彼はオリヴィエ・アサイヤス監督の妻であるミア・ハンセン=ラブ監督の『あの夏の子供たち』でも主人公の部下である映画プロデューサー“セルジュ”を演じていたりします。


少年時代、つまり本名リュシアン・ギンズブルグ時代の彼は実にませた男の子。ユダヤ人の両親をもち、ピアニストの父親から厳しいレッスンをうけるも、それに反発して絵を描くことに没頭するのでした。どう見ても小学生なのにタバコを吸い、絵のモデルの裸に興味津々で、自らヌードモデルになってくれるようにお願いするなど、とてもませた子供なのですが、愛くるしい笑顔で堂々と言われるとこれがまあ憎めない。そしてこれは生涯にわたって同じで、簡単に言えばセルジュはこの子供がそのまま年をとっただけで中身は何も変わっていないようにすら思えます。きっと母性本能をくすぐるフェロモンが強烈なんでしょう。やがて彼はピアノ弾きで生計を立てながら美術学校に通うように。


この後最初の結婚をし、音楽で生きていくことにするのだけれどその辺はあまり興味が湧きません。それよりも作曲を始めセルジュ・ゲンスブールと名乗り、売れ始めてからが凄かった。この頃恋人にしたのがブリジット・バルドー(レティシア・カスタ)。これがまたもう見た瞬間にその人だと解るはまりっぷりです。ピアノの上に毛布だけ羽織って座る姿のセクシーなこと!2人で歌う「ボニーとクライド」はこれがまた中々いい。個人的には「ボニーとクライド」と言えば『俺たちに明日はない』なのですが、映画がアメリカン・ニューシネマの先駆的な作品だとすれば、セルジュのどこか反社会的な生き方は相通じるものがあるような気もします。しかし蜜月は終わります。


ブリジットとは不倫であり旦那の怒りにビビッてお別れ。次に当時まだ20歳だった英国人女優のジェーン・バーキン(ルーシー・ゴードン)と付き合い始めるのでした。ようやくここでシャルロットのお母さんの登場です。ルーシー・ゴードンはバーキンにスタイルは似ているけれど顔はちょっと…やけにエラが張って見えるんですが…。それにしても今までの女性と違い、今度はセルジュのほうがバーキンにメロメロだったんですね。彼女の言うとおりに崩してシャツを着たり、髪の毛を伸ばしたり。そもそもブリジット・バルドーと別れの原因になったと言われる「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」をバーキンとともに歌うというエピソードもちゃんと入っていました。


2人の声が実に色っぽくて、そりゃレコード会社の社長だって「こんなの発売していいのか?」と思うはずだと納得。ルーシーもさることながらエリック・エルモスニーノのかすれ気味の低音が実にセクシーなんです。結婚した2人の間にシャルロットも生まれ、まだ幼い彼女も登場しますが、うん、これが中々彼女の特徴を備えた子役のキャスティングでGOOD。しかし、彼が心臓発作で倒れると2人の間にひびが入ってゆくのでした。子供が出来たことで、割と普通のお母さんをするバーキンに対して、セルジュは何も変わりません。ヘビースモーカーにヘビードランカー、結果愛想を付かされて2人は離婚します。で、申し訳ないけれど私の興味もここまで。


一応この後、有名なフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」のレゲエバージョンの発表だとか、3度目の結婚だとかの話もあるのだけれど、最初に書いた通り私の興味の対象はあくまでもシャルロットの父親としてのセルジュ・ゲンスブールであって、作曲家・歌手としての彼じゃないから仕方ない…。ところで、劇中随所に彼自身の分身として、耳と鼻を強調したソックリさんのオバケが登場するのだけれど、それは気になるようなならないような。自問自答を表現する手法としては別にそれほど奇抜なものでもないので、慣れればどうということもないと思いますが。アメリカのアーティストのドラッグに溺れる破滅的な伝記とはまた違い、アーティスティックな香りのする堕ち方は、流石はセルジュ・ゲンスブールと言うべきなのでしょうか。
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個人的おススメ度3.0
今日の一言:シャルロットとバーキンて似てるなぁ
総合評価:68点
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