ミラル/Miral
『潜水服は蝶の夢を見る』のジュリアン・シュナーベル監督が、イスラエル出身の女性ジャーナリスト、ルーラ・ジブリールの実話を元に作り上げたヒューマンドラマだ。4人のパレスチナ人女性の過酷な人生と未来への希望を描き出している。出演は『スラムドック$ミリオネア』のフリーダ・ピント、『シリアの花嫁』のヒアム・アッバス、『アンチクライスト』のウィレム・デフォーら。 |
非暴力によるパレスチナ和平への道 |
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イスラエル出身の女性ジャーナリスト、ルーラ・ジブリールの自叙伝的実話「ミラル」を映画化した作品だ。と言いつつも物語はミラルだけでなく他にも3人のパレスチナ人女性を描き出している。劇中最初にミラルのナレーションにある通り、全てはヒンドゥ(ヒアム・アッバス)という女性から始まるのだが、4人の女性は数奇な運命に導かれ意外な関係性で結ばれているのが面白い。最初のエピソードは1948年。ヒンドゥーが戦災孤児たちのために私財を投げ打って「ダール・エッティフル」(子供の家)という学校を創設するという内容。彼女は政治的要素を一切排し、純粋に戦災孤児たちにパレスチナ人としての誇りを持って生きてもらう為に教育と生活を与えるのである。
そもそもヒアム・アッバスは実際にパレスチナ人だ。その彼女がパレスチナの孤児たちの将来に希望の灯火を持たせる女性を演じているのだからこれ以上ない説得力を持っている。ヒンドゥの想いは当然彼女自身の想いとシンクロするはずだ。ちなみに最初のエピソードにミラルの父・ジャマール(アレクサンダー・シディグ)も登場するが、この伏線がさりげなくて実に上手い。他にも、ウィレム・デフォーだったり、ヴァネッサ・レッドグレイヴといった豪華な俳優を脇役として配置していているのだが、ちょっと使い方としてはもったいない気がした。さて、次に登場するのはミラルの母ナディア(ヤスミン・アル・マスリー)だ。ユダヤ人女性を殴った罪で懲役刑を受ける彼女。
たかだか鼻を殴った程度で懲役6ヶ月と言うのだから、これはもうその昔の黒人差別と同じで民族差別以外の何ものでもない。精神的不安定さを抱えたナディアの面倒を見たのが、ファーティマだ。元看護師の彼女はテロ未遂で無期懲役中。しかし同じパレスチナ人としてこの2人は心を通い合わせるのだった。このファーティマの兄がジャマール。この何とも不思議な縁で結婚した2人の間に出来た子がミラルである。と言うワケで、物語はそのタイトルとは裏腹に、ミラル本人が登場する前にそもそも彼女が生まれ育つ環境がどのように出来上がったのかという部分を懇切丁寧に描き出していた。ミラルは5歳の時にナディアを亡くし、「ダール・エッティフル」へと連れてこられる。
ここから先はヒンドゥや父親の非暴力の想いと、恋人ハーニ(オマー・メトワリー)を中心とした革命の想いの間で葛藤しながらも、暴力的手段を肯定してゆくミラルが描かれてゆくのだった。刑務所にいた当時のナディアがファーティマのテロ未遂事件を聞いて「無差別殺人だわ」と言っていたものだが、よもや娘がそのファーティマと同じ行動をとろうとするとは想像だにしなかっただろう。心の傷が癒えないまま、ジャマールに「ミラルを私のようにしたくない」と泣きながら訴えるナディア、その言葉通り母とミラルは同じにはならなかったが、母の想いを裏切っていることなど当のミラルは知る由もない。ジャマールとしたら自分の想いが裏切られただけではない、愛する妻の唯一の望みさえ叶えられないと言うことになるのだ。ただ、そんな彼女にも変化の兆しは訪れる。
彼女は従兄弟のサミールがユダヤ人のリサと恋人同士になっているのを目の当たりにするのである。ユダヤ人嫌いのミラルだけに最初はリサにケンカを売るような言葉を当てるのだが、やがて友人となるのだ。愛する者同士に民族など関係ない、ただ人と人が愛し合うのみ。ただ理屈で理解することと気持ちで納得することは別問題なのは当然である。特にそれが恋人ハーニが関わってくるとあらば…。ラストシークエンスではオスロ合意によりパレスチナ人の暫定自治が始まる。ガザ地区全体とヨルダン川西岸の一部地域、イスラエル全体の22%程度だそうだ。この時点では和平への希望であり、ヒンドゥもミラルも心から喜ぶのだが、我々はそれが全くの目論見違いであることを知っている。
ミラルとは道端に咲く赤い花のことで、劇中彼女はそれをイスラエルの軍人であるリサの父親に「きっと誰もが目にしている」と説明する。つまりミラルはミラルであると同時に多くのナパレスチナ戦災孤児なのだろう。ヒンドゥは1994年に亡くなったが、ミラルは夢だったジャーナリストとして現在も活動しているという。暴力的手段をとらずとも、しっかりとした教育を受けた多くのミラルたちは、近い将来必ず和平を実現してくれるはず、そんな希望が見出せるラストだった。
個人的おススメ度3.5
今日の一言:大国の罪は重すぎる…
総合評価:72点
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