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2011年8月 3日 (水)

エッセンシャル・キリング/Essential Killing

Photo 『アンナと過ごした4日間』のポーランド人監督イエジー・スコリモフスキの最新作。アフガニスタンでアメリカ兵に追われるアラブ人兵士の凄まじいまでの逃亡劇を描いたサバイバルアクションだ。83分間にわたる上映時間の間に一切セリフはなく、すべてを自らの体一つで表現した主演のヴィンセント・ギャロは2010年ヴェネチア国際映画祭で主演男優賞を受賞した。
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83分間セリフなし、その人間力に驚愕!

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エッセンシャルとは“欠くべからざる”という意味。すなわち本作は『エッセンシャル・キリング』というタイトル通り、生き抜くために必要不可欠な殺しをしながら逃亡を続けるアラブ兵に密着した物語だ。主人公ムハンマド(ヴィンセント・ギャロ)の名前はムスリムでは最も一般的でありイスラム教の開祖の名前から取られたことは有名である。要するに、この物語のムハンマドは単純に彼個人がアメリカ兵に追われている話であると同時に、ムスリムたちが自らの宗教観の中で生きてゆくことを強烈に示した話でもあるのだ。最初はムハンマドがアメリカ兵をバズーカ砲で爆殺したことがきっかけだった。彼を追う米軍は至近距離にミサイルを撃ち込むという荒業で彼を捕虜にする。

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そのせいで彼は一時的に聴力を失い尋問の声が全く聞こえなくなるのだが、アラビア語にも英語にも答えない、つまり黙秘していると思い込んだ米軍は、彼を拷問にかけるのだった。もちろんこれはイラク戦争における米軍の拷問を皮肉った描写であり、同時にムハンマドが逃亡することに正当性を持たせる一因ともなっている。この後、移送される最中にイノシシを避けようとして護送車が崖から転落、ここからラストまでひたすらムハンマドの逃避行にカメラは密着するのだが、とにかくこの逃避行が凄まじい。そもそも彼は逃げてどこへ向かおうとしていたのか。自分が今どこにいるのかも全く解らない中で、彼はとにかく逃げることそのものを目的とし、それはつまり生き抜くことと同義だったのである。

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特に感じられたのが“エッセンシャル”の意味だ。彼は生き抜くために殺す。しかいだからと言って粗暴で野蛮なわけではない。蟻や樹皮や木の実で飢えをしのいでいても、野生の鹿を殺して食べようとはしないのだ。拳銃は持っていてもそれを鹿を殺すために使うより、身を守る武器として使うことのほうが、生き抜くという目的に合致すると考えたのだろう。あるいは、極寒の中、鹿も自分も同じように飢えている、その鹿に対して本能的な同類感を抱いたのかもしれない。(それは流石にセンチメンタルか。)ユニークだったのが赤ん坊を抱えた女を襲うシーン。赤ん坊が左の乳房を、ムハンマドは左の乳房にむしゃぶりついて母乳を吸うのだ。ただ女の方は強姦されると思い失神してしまう…(苦笑)

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必死で生きるムハンマドではあるが、雪の中の逃避行は体力を奪い、当然体は徐々に衰弱してゆく。その上、道中罠に足を挟まれたり、凍るような川に転落したり、伐採された木の下敷きになったり、これでもかと運命は彼を傷めつけるのだ。これは神の罰なのだろうか?しかし驚いたことにムハンマドの心は決して折れない。実は本作においてムハンマドは一言も言葉を発しない。セリフがゼロなのである。しかしながら、ヴィンセント・ギャロは己の肉体一つでムハンマドの強靭な精神と体力を表現してみせることに成功していた。まるで野生動物のようなその眼には、大自然の中でひ弱な存在にすぎない人間と、たくましく生き抜く動物としての人間という両方が宿っていたように感じられる。

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それでももう限界ギリギリに達したその時、彼は耳の聞こえない女性マーガレット(エマニュエル・セニエ)に助けられるのだった。一通りの応急処置を施し、食事を与え、捜索隊から匿い、しかしエマは最終的には彼に馬を与えて自宅から出てゆかせる…夫の留守の間に…。彼女の優しさはどれだけムハンマドにとって助かっただろうか。しかし思うにこの瞬間、ムハンマドは完全に人間に戻ってしまったように思える。それまであった、何が何でも生き抜くという本能的な力は既に彼の体からは消えていた。とはいえこの後彼が生き抜いたのかそれとも力尽きたのかは定かではない。個人的にはもう休ませてあげたいと思ったりもするのだが。全編にわたって人間の意志の強さが印象的な作品だった。

個人的おすすめ度4.0
今日の一言:これも一つの戦争映画なんだろうな
総合評価:80点

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