家族X
PFFアワード2008の審査員特別賞を受賞した吉田光希監督の第20回PFFスカラシップ作品。郊外に住むとある家族の崩壊と再生を静かに見つめた作品だ。主演に『ジーン・ワルツ』の南果歩。共演に『あぜ道のダンディ』の田口トモロヲ、『おと・な・り』の郭智博、村上淳らが出演している。 |
Xがいつも上手く行くとは限らない |
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これで3年連続となるPFFスカラシップ作品の鑑賞。一昨年は内藤隆嗣監督の『不灯港』、昨年は石井裕也監督の『川の底からこんにちは』そして今年は本作がそれだ。PFFスカラシップ作品は若手監督が良くも悪くもまだ映画の商業的な部分に染まり切っていない、ある種自主制作映画に近い空気感を持っているのが個人的に気に入っている。本作は簡単に言えばとある家族に密着して描いた作品なのだが、それは主人公の橋本路子(南果歩)の精神の崩壊と再生を辿る道筋と言って良いかもしれない。東京の郊外にマイホームを手に入れた橋本家、客観的に見れば極ありふれた幸せな一家である。しかしそのマイホームが心の港になっていないところがミソだった。
とは言ったものの、例えばこれで夫・健一(田口トモロヲ)がローン返済のために仕事仕事で家に帰ってこない上に週末も接待ゴルフ、息子・宏明(郭智博)は反抗期で親の言うことを聞かず乱れた生活を送っている…というステレオタイプな設定なら別に面白くもなんとも無い。この作品では健一は一応必ず家に帰ってくるし、宏明もせっせとアルバイトに励んでいるのだ。ただ一つだけ欠けているのが家族の会話、特に路子との会話だった…。これに関して観ている側としては色んな受け取り方があるはずだ。私は原因の一つには路子の性格であったり、行動にもあるのではと思っている。特に机の上のリモコンや、手料理の皿を置く敷布の角度までチェックする路子の姿は異常にしか映らなかった。
毎日手料理を作り、炊事洗濯といった家事を完璧にこなしてくれている主婦に対して何を贅沢なことをと言う方もいるだろう。しかし自宅はただの家ではなく、家族にとって心の拠り所と思えるような場所であるのが望ましいのではないだろうか。リストラ寸前の健一は会社で誰からも相手にされていない、家族と過ごす時間より多くの時間を職場で過ごす健一にとってはこの辛さは相当堪えるはずだ。就職できずにフリーターをしている宏明は彼自身が1番そのことを気に病んでいる。つまり路子を含めて家族全員がそれぞれ助けを求めているのに、家族全員がお互いに救いの手を差し伸べない状況がそこに出現していたといえるだろう。家族の不干渉を示す象徴的な映像がある。
路子が宏明の友達から購入したウォーターサーバーがそれだ。いわゆる企業のアメニティに設置されているタイプのもので、一般家庭では異様な存在感を放っている。にも拘らず徐々にそれは放置され始め、物語後半にはボトルの中にコケが繁殖していた。まるでこのウォーターサーバーは路子のようであり、きっとこのマイホームの中には目に見えないコケが繁殖しているに違いない。正直言ってこのままこの過程は腐ってゆく=崩壊してゆくのだろうかと思った。が、自体はここから思わぬ展開を見せる。まず健一。彼はある日会社の同僚・小林さん(森下能幸)に仕事後に誘われる。てっきり飲みに行くのかと思いきや行き先はカプセルホテルだった。
週末以外は家に帰っていないという小林さんを見た健一の中で何かが変わったのが解る。恐らくそれは近い未来の自分の姿を見たのだ。彼は黙って帰宅する。更に宏明。運送業のバイト先でたまたま率先して名乗り出て仕事を引き受けるのだが、それはある家族の引越しだった。玄関口で家族写真を頼まれる宏明。彼はきっと自分たちの家族の出発点を見た想いがしたことだろう。しかも先輩に名乗り出て仕事を引き受けたこと評価される。家に帰る彼の後姿は背負っていた重荷を下ろしたように軽やかに見えた。2人が自らを見つめなおすキッカケを得たにも関わらず、路子は逆に自分を見失うのが皮肉である。食事の準備中に突如切れ、フラフラと表に出てゆく彼女はまるで夢遊病患者のようだった…。
結局のところこの家族は誰一人として自分以外の家族の事を考えようとしていなかったのだ。全員が自分の殻に閉じこもり、自分のしたいようにしか行動しない。そんなものはもはや家族でも何でもないのは明白である。一つ屋根の元で暮らしている自らを客観視できればその異常さは一目瞭然なはずなのだが。ギリギリでそれに気付いたのは幸いで、恐らくこの家族は再生してゆくことだろう。しかし「家族X」の“X”は代数であり、橋本家は無数にある家族のうちの1つに過ぎないと言うのが、ある意味恐ろしいと感じた。
個人的おススメ度3.5
今日の一言:田口さん最近よく見るなぁ
総合評価:72点
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