マネーボール／Moneyball

日本人の松井秀喜が在籍していることでも知られるメジャーリーグ、オークランド・アスレチックス。この貧乏球団をＧＭビリーの独自のマネーボール理論によって常勝球団へと生まれ変わらせる過程を描いたドラマだ。主演はブラッド・ピット。共演にフィリップ・シーモア・ホフマン。監督を『カポーティ』のベネット・ミラーが、脚本を『ソーシャル・ネットワーク』のアーロン・ソーキンが担当している。
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野球が好きな人ならきっと楽しめる作品だと思う。ＭＬＢをテーマにした作品は数多いが今回登場するのはオークランド・アスレチックスという球団だ。アスレチックスと言えば私の世代の野球好きは８０年代後半の黄金期が鮮烈な印象をもっているだろう。ホセ・カンセコ、マーク・マグワイヤ、リッキー・ヘンダーソンといったそれこそファミスタに登場するほどの有名選手が揃っていた。ところが９０年代に入るとアスレチックスは長い低迷期に入る。その頃、アスレチックスの選手からスカウトに転身したのが、後のＧＭで本作の主人公ビリー・ビーン（ブラッド・ピット）だ。ちなみに現在もアスレチックスのＧＭを務めていて、エンゼルスで不遇を囲っていた松井秀喜を呼び寄せ復活させたのも彼である。ＧＭとはゼネラルマネージャーの事で、簡単に言えばチームを作るのが役割。

どんなチームにするのか方針を立て、それに沿って決められた予算の中で選手を集めてくる。そしてその選手を指揮して実際にゲームをするのが監督だ。今回この監督アート・ハウをフィリップ・シーモア・ホフマンが演じている。でっぷり太ったホフマンは元ロサンジェルス・ドジャースのトミー・ラソーダ監督のようで実に役にシンクロしていた。前年に主力選手を他球団に引き抜かれたビリーは、貧乏球団故に満足な補強も出来ない。しかし交渉に出かけたインディアンスのオフィスで、ピーター・ブラウン（ジョナ・ヒル）と運命の出会いをするのである。彼は選手を徹底的に分析するスペシャリストだった。ちなみにピーターは実在の人物ではない。しかし彼の言う「チームは選手を買うべきではない、勝利を買うべきだ。」はけだし至言だと思う。

面白いのはこの時ビリーは本来なら選手を買いに行ったのだが、勝利のためにこのピーターを買ってしまうところだ。ここからビリーは“マネーボール理論”でチームを作り変えてゆくことになる。“マネーボール理論”とはセイバーメトリクスと呼ばれる方法を用いて、野球を統計学的に分析して戦略を立てる方法論をいう。本当は非常に複雑なのだろうが、簡単に言えば１つ勝つためのコストパフォーマンスを出来る限り下げて、少ない投資で最大の成果（勝利）をあげる方法を考えるということだ。そのための方法論の一つが“出塁率”だ。ビリーはピーターの助言で他球団でポンコツ同然の扱いをされているキャッチャーのハッテンバーグを１塁手として雇うのである。理由は“出塁率”が高いから。編成会議の席上で、古参のスカウトたちにボロクソに言われるのは当然だった。

しかしビリーは何を言われても信念を変えず、ガンとして方針を変更しない。それはシーズン当初負けが込んで、チームが崩壊寸前になっても変わらなかった。全くこんな上司ばかりなら世のサラリーマンは幸せだろう。実は彼の強固な信念の元になっているのが、自分がプロ入りしたときの経験。スカウトの主観で若い選手をプロ入りさせ、使えなくてもそれは選手の責任…、ビリーはそういう旧態依然とした野球界の在り方を変えたかったのである。それにしてもビリーの豪腕ぶりは凄いものがある。トレード期限ギリギリの各球団との電話交渉でみせる虚々実々の駆け引きは、ある意味もう一つのベースボールと言えるもので観ていてワクワクしてしまった。しかも返す刀で獲得した選手を２５人のベンチ入り枠に入れるために、実にアッサリと選手のクビを切ってしまう。

一見冷たいようではあるが、彼曰く「相手もプロなのだからジワジワ殺されるより一発で殺されるほうが良い」というある種の思いやりなのだそうだ。日本人的にはそぐわないかもしれないが、これが世界最高峰メジャーリーグの厳しさなのである。ましてビリーはマネーボール理論による確率重視主義であり、最後に勝利を掴むためなら情実の入り込む隙間などあるはずがない。ところが、そんな彼が自らのジンクスを頑なに信じているのがユニークだ。「自分が試合を見ると負ける」彼はそう信じ決して球場で試合を見ようとしないのである。しかしそれは、誰よりも勝利を渇望し、そのためなら自分の他愛もないジンクスすら排除しようとする徹底的な拘りなのである。逆に言えばそれほどまでに野球を、アスレチックスを愛している証拠だ。

それが解るからこそ、ア・リーグ連勝記録を賭けた試合で、チームが１１点差をつけると、やもたても堪らず球場に顔を出した気持ちは痛いほど解る。彼とてもファンや選手と共に歴史的瞬間を共有したいに決まっているのだ。ところが何とチームは同点に追いつかれてしまう。トレーニングルームに引きこもって頭を抱える彼の姿が痛々しい…。９回裏、アート監督はビリーが獲得したあのハッテンバーグを代打にだす。そしてマネーボール理論の申し子とも言える彼は、ある意味その理論を裏切ってサヨナラホームランを放つのだ。野球の神様は何と皮肉で何とドラマティックな演出をしてくれるのか！コレだから野球はやめられない。結局この年、アスレチックスはプレーオフに進出するも残念ながらそこで敗れてしまう。しかしここまでチームを引っ張りあげたビリーに対してレッドソックスから巨額のオファーが舞い込むのだった。

ここから最後にかけてが野球好きとしてはたまらなく嬉しいのである。最後に負けたら意味がない、球界を変えることが望みだ、と公言してきたビリーが、「人々は野球に夢を見る」という野球の本質に立ち返るのだ。即ち彼は貧乏球団アスレチックスでワールドシリーズの勝利を掴むことを決意するのである。レッドソックスがマネー理論で優勝するのは当たり前だ。貧乏で毎年のように主力を抜かれるアスレチックスでそれを成し遂げることに意味があり、そこに人々は夢を見るのである。理論の良し悪し、賛成かそうでないかは別にして、なんとまあ野球というスポーツに賭ける情熱がヒシヒシと伝わってくる作品ではないか。同時にピーターのように選手経験のない人間ですらここまで全てを賭けられるこのスポーツはやはりアメリカの国技なのだなと感じたし、またそれが理解できる日本人であることが素直に嬉しかった。

個人的おススメ度4.5
今日の一言：影の主人公はピーターだよね
総合評価：86点

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