カリーナの林檎 ~チェルノブイリの森~
1986年に起こった旧ソビエト連邦のチェルノブイリ原発事故。その爪あとがもたらす悲劇を描いた人間ドラマだ。本作は今関あきよし監督の入念な現地取材により、フィクションでありながら限り無く真実に近い内容であり、「少女カリーナに捧ぐ」として2004年に完成していたという。主人公を演じたのナスチャ・セリョギナは撮影当時8歳。今フクシマを抱える日本人全員に観て欲しい作品だ。 |
11月19日(土)公開 |
今の私たちにはおとぎ話ではない |
あらすじ・作品情報へ
←みなさんの応援クリックに感謝デス
この映画は言葉で多くを語らない。ナレーションは殆どなく、全体の説明、登場人物の相関関係、そして主人公の少女カリーナ(ナスチャ・セギョリナ)の置かれた状況など、ただひたすら淡々と映像が流れてゆく。しかし、実は私たちには彼女たちに何が起こっているのかを既に知っているのだ。今関あきよし監督は入念な取材を重ね、フィクションではあるけれど、限り無く真実に近い物語を作り上げた。それも今から7年前に。しかし当時の日本ではその内容は対岸の火事であり、かくして本作は誰にも振り返られることなく長い間日の目を見ない状態に追い込まれたという。チェルノブイリ原発事故。本作は事故が起こったウクライナの隣国ベラルーシに住む一人の少女の物語である。
いきなり飛び込んでくるのがベラルーシの美しい自然だ。真っ青な空、太陽の光を一杯に浴びた緑の草花、そんな中湖で遊ぶ元気で愛らしいブロンドの少女。まるでおとぎ話の世界から抜け出してきたかのような光景だ。少女はおばあちゃん(タチアナ・マルヘリ)と一緒に住んでいる。井戸水を汲み、産み立ての鶏卵を拾い、自分の体ほどもある飼い犬を散歩させ、神様の日々の恵みに感謝しながらまさに生きている毎日。しかし両親はどうしたのだろう?亡くなったのか?更に恐らくは親友であろうユーリャの家を訪ねても既に誰も住んでおらず、ガッカリして引き返してくるカリーナ。そう、見えなくともチェルノブイリ事故の影響は確かにそこにあるのだ、まるで放射能そのもののように。
実はカリーナのママ(オルガ・ヴォッツ)は事故の影響で入院し、その費用を稼ぐためにパパ(セルゲイ・シムコ)がモスクワへ出稼ぎに、そしてカリーナ自身はベラルーシの首都ミンスクの叔母さんの家に預けられていたのだ。おばあちゃんの事が大好きなカリーナは、夏休みの最後をおばあちゃんの家で過ごしていたのである。そもそもカリーナとはおばあちゃんの大好きな木の実の名前で本名ではない。両親から離れた慣れない土地での生活、いつまでも馴染まない彼女に冷たくあたる叔母さん。8歳の少女の孤独感、寂しさは想像するに余りある。そんな彼女にママは言うのだ。「どんなに辛くて寂しくても決して泣かないと約束して。泣いていいのは嬉しい時だけ。」
その約束どおり、彼女はこの後もどんな困難に遭遇しても決して泣かない。その健気な姿はあまりにも切ないものだった。実はおばあちゃんの家は居住禁止区域のすぐ隣の村で放射能汚染の危険がある。ただ、これは私たちは最初にあの美しい自然を見たときに心の中では薄々気付いているハズだ。おばあちゃんの家の庭で獲れたおいしそうな林檎、おばあちゃんが用意してくれたキノコ、それら叔母さんへのお土産を彼女はゴミ箱に捨ててしまうのだが、それはもちろん汚染の可能性があるからに他ならない。しかしカリーナはそれを観て、おばさんがおばあちゃんのことを嫌っていると思ってしまうのだ。子供のカリーナに放射能の恐ろしさを伝える事の難しさがそこにある。
「チェルノブイリという街には悪魔のお城があって、毒を撒き散らしているの」そうカリーナに言って聞かせるママ。そして「悪魔なんて神様がやっつけてくれる」そう話すおばあちゃん。母親が子供に解り易くたとえ話をすることは良くあることだし、信仰の厚いお年寄りが一般的に神様が悪魔から守ってくれると話すのも、欧米諸国では極自然な話だ。だからやがて自らも病に倒れたカリーナが、病院でできた友達の死を見て“悪魔に毒を撒くのを止めて貰おうとお願いに行く”ことはこれもまた子供らしい自然な発想でしかない。彼女は自分とママが元気になって、家族揃って大好きなおばあちゃんの家で暮らしたかっただけなのだ。なのにどうしてこうなってしまうのか…。
物語では具体的に数値を示したり、警告を発したりはしていない。しかし私はこの物語を観ている間中ずっと心が痛くて、息が苦しくて、無力感に苛まれていた。とてもではないが泣く気持ちにはなれなかった。カリーナには何の責任もない。なのにどうして大人は彼女を守ってあげないのか。病の体を押して一人チェルノブイリへと向かった彼女をどうして保護してあげられないのか、夜のチェルノブイリの森に一人入っていく8歳の少女を見かけておきながら、どうして放置してその場を立ち去れるのか。「“昔々カリーナという女の子がいました”で始まるおとぎ話のような物語なの」彼女はそう言うけれど、今私たちはこの話がおとぎ話でないことを実感できるはずだ。
11月19日(土)公開 |
個人的おススメ度4.5
今日の一言:もっと早く上映すべきだった…
総合評価:93点
| 固定リンク
« アントキノイノチ | トップページ | 孔子の教え »
最近のコメント